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せっかくなので、先日、垣見一雅さんの講演会できいたことを

このブログでも紹介したいと思います。

 

どうして、一年経った今でも、ネパールチャリティーコンサートなのか、と訊かれることも多かったのですが

国力の差、やはり日本とネパールでは、豊かさの水準にかなりの差が有り、地震で崩れた建物を再建するまでまだ手が回らないのが現状で、そういう時に一番の犠牲になるのが、経済的に最も貧しい人たち、特に、小さな女の子の教育の機会が奪われたりすることが多いそうです。

学校に行く暇があったら、水汲みに行け、たきぎ拾いに行け、とか。そうすると字が読めない、貧しさから抜け出せない、と、また負の連鎖がはじまる。

 

 

ネパールのカトマンズでは水道はあっても10日に一回しか水が流れない、とか。電気も一日8時間の計画停電がある、とか。垣見さんの住む、田舎ではそれ以上の不便さを強いられているので

日本に帰ってきて、コップ一杯の水を見るたびに、なんて豊かなんだと感激する、とおっしゃっていました。

 

垣見さんは初め英語でしか現地の人と話せなかったそうで(東京では英語の先生をしていらした)、しかし、いつも通訳に間に入ってもらったとしても、ちゃんと訳してくれているかもわからないし、今はネパール語(ネパールの公用語)で現地の方々とお話しされるそうです。

ネパール語でコミュニケーションをとるようになってから、現地の人から訊く話の内容が変わったといいます。

それまでは、水道がほしい、学校がほしい、、とか「要求」だけだったのが

生活に困って食べるものが無い、とか、祖母の身体の具合が悪くて病院に行けなくて困っている、だとか

具体的な、切実な「叫び」として助けを求められることが多くなった、とおっしゃっていました。

 

 

地震のあとから、建築資材が高騰し、同じ寄付金を集めても、なかなか建物を建てるのは難しいので、それよりもバイオトイレというものを設置して、メタンガスを発生させ、それを燃料にすれば子どもたちが往復6時間もかけてたきぎ拾いにいかなくて良くなる→時間が出来、学校に行ける。ということで、バイオトイレを普及させることを今は計画・活動していらっしゃるそうです。

 

バイオトイレとは、人糞や家畜の糞を集めてかきまぜて、発酵させる2.5m×2.5mの装置で、一基あたり日本円で4万円強で購入可能だそうです。それで、一家族が2時間ほど炊事などを行うのに十分なガスが手に入るらしい。

 


学校へは行かない、という理由の中には

友達よりもずっと貧しい身なりで、それが恥ずかしいから、という理由もあったそうな。

贅沢な、とか言われそうだけれど、自分の身に置き換えて、そういうこと、ある。

貧しくても、その子はその子の人生を生きているのだから。

学ぶことの方が大事だけれど、そういう大事なことは大人にならないと分からない子もいるはずだし。

小さなひとりの心の中を無視して、援助だけが順調に進むわけはない。

その問題をどうやってほぐしていくか。



 とにかく、お金を渡すだけでは助けにはならないということ。

現地の人々が、自分たちで未来を考え、進んでいく道のうえで

親身に細かく相談に乗りながら、共に生きようとする垣見さんの姿勢に感動しました。


ネパールの人々に愛されていらっしゃると思う。

喜んでくれている姿を見て、それで一層自分が幸せになる、救われると仰っていらっしゃいました。


素晴らしいな。